フッ素の歴史


フッ素が虫歯予防手段として普及するまで

虫歯予防手段としてフッ化物(主にフッ化ナトリウム)が世界に普及するまで100年かかりました。
ひょんなことからこのフッ化物が発見され、うまく使えば良いこと(虫
歯予防)に使えそうだ!
では、どのように使っていこうか?これが我々歯科界における
フッ素の歴史なのです。
このフッ素について少しお話してみたいと思います。

1.白濁した歯(斑状歯)の発見とその原因究明(フッ素との出会い)

 1901年にイタリアのナポリで米国の軍医イーガーが火山と関係ある住民に斑状歯が多いことを発見しました。1908年には米国中西部のコロラドスプリングスでDr.マッ

ケイが乳濁色や茶褐色の色素沈着が見られる奇妙な歯(斑状歯・コロラド褐色歯)のことを報告しています。コロラドスプリングスでは飲料水中のフッ素濃度が13.6ppm含まれていたとも言われています。 Dr.マッケイは、「こうした斑状歯をもった人たちは、どうも同じ水源の水を使っているようだ!この飲料水中のある成分に原因物質があるのではないか!?いや、きっとある!」という推論をたて、追跡調査を続けましたが、当時の学問ではその成分を特定することはできませんでした。しかし、斑状歯が発生していたアイダホ州のオークレイで飲料水の水源の変更を指導した結果、斑状歯の発現がなくなったことを確認されています。

    ・・「斑状歯には非常に虫歯が少ない!」との報告・・

 遅れて1915年にビマ・インディアンを調査したロドリゲスが、「斑状歯を持ってる人たちには虫歯がほとんど見られない!なぜだ?!」と、齲蝕が少ないことを報告した。1916年にはコロラド褐色歯にも虫歯が少ないことをブラックとマッケイが学会誌に報告した。1928年にはマッケイはイタリアナポリでの給水系統が変更されてから斑状歯が見られなくなった地区があると報告した。1933年にはボアスベインがコロラド地区の水源のフッ素濃度を測定し、1.2ppm~4ppmあったと報告している。

 1930年代になると、化学者チャーチルやスミスが問題の水を分析し、他では見られない高濃度(212ppm)のフッ化物を検出しています。また、動物に高濃度のフッ化物を含む水を飲用させ、斑状歯の発現を確認する実験も行われています。

 このように発見から30年を経て、斑状歯が高濃度のフッ化物によって起こる歯の形成異常であるという因果関係が確定しました。この時点から、斑状歯という症状を表す用語からフッ化物を原因とする”歯のフッ症”と呼ばれるようになりました。

2.虫歯予防に効果的な”フッ化物濃度の研究開始”(虫歯予防に使えそう!)

”歯のフッ症”原因がわかたっところで、アメリカ歯学研究所の初代所長ディーン博士が、1942年頃に水道水中のフッ化物質濃度の異なる21都市で、実際に生活している人たちを対象とした疫学調査に着手しました。まず、歯のフッ素症が普段の生活では全く気にならない程度”非常に軽い症状”のものから、明らかに気になる”中等度”ないし”重度”の症状のものまで様々であったことから、ディーンは
6段階に分けた「歯のフッ素症の分類基準」をつくり、調査に臨んでいます。同時に、彼らは虫歯の調査も行っています。調査結果から、飲料水中のフッ化物濃度は歯の”フッ素症”の罹患状況との間に正の相関が、また虫歯罹患状況との間には負の相関があることが確認されています。
 
そこで、「歯のフッ素症が発症することなく、かつ虫歯の発生を最小限にくい止められるような飲料水中の最適なフッ化物濃度がないだろうか!?」と。数々の実験の結果、フッ化物至適濃度として0.81.2ppmのフッ素濃度が見出されました。このフッ素濃度は人類の虫歯を減少させる画期的なものになりました。多くの研究者の努力により、毒をもって毒を制したのです。ちなみに、海水中のフッ素濃度は1.3ppmです。

 *”1ppmのフッ素(F)濃度”は、1000ccの水に1mgのフッ素を含む濃度です。

3.フッ化物の歯科へ応用するための研究開始時期(フッ素の研究開始)

水道水フッ化物濃度を約1ppmに調整することで虫歯を予防できるという有益性は、1945年に4都市(米国のグランドラピッズ、ニューバーグ、エバンストンや、カナダのブラントフォードの4都市)において、天然による適正フッ化物濃度を模倣することによって確認されています。実施地域の小児の虫歯は10年間で5070%減少しました。また、歯のフッ素症の発症状況は自然に約1ppmのフッ化物を含む地域のそれと変わらず、問題となるような症状も認められておりません。
  これと並行して、1940年代には、歯に直接フッ化物を作用させるフッ化物歯面塗布やフッ化物洗口、フッ化物配合歯磨剤などの局所応用の研究が始まっています。我々歯科スタッフにとっては大変興味あることです。日本においては、美濃口京都大学名誉教授らがフッ化物歯面塗布法やフッ化物洗口法の研究を開始しました。(日本については後述します。)

4.各種フッ化物の歯科への普及時期(さあ!虫歯予防効果を確認)

1960年代になると、水道水フッ化物添加や各種フッ化物応用による虫歯の予防効果を確認する報告が相次ぎ出され、フッ化物応用は研究の時代から普及の時代へと変わっていきました。アーノルドら研究者は、米国グランドラピッズでの水道水フッ化物事業の成績を発表しま、。虫歯が5060%減少したと
報告しています。また、歯のフッ素症を含む全身の健康に異常がないことも発表されました。長期間にわたる調査研究の成果が、多くの人々に恩恵を与える時代を迎えたわけです。
 
信頼ある国際専門団体のWHO(世界保健機関)やFDI(世界歯科連盟)なども、効果や安全性に関する研究結果などをもとに、確証をもってフッ化物応用の推奨を決議し、世界各国にその実施を行うようにと勧告しています。
 
1969WHO22回総会では、水道水フッ化物添加を含むフッ化物の応用を勧告した。その中で、日本は共同提案国となっています。1974年、1978年のWHO総会でも同様に勧告しております。1971年、日本歯科医師会はフッ化物に対する基本的見解を発表し、虫歯予防のために積極的なフッ化物の応用を推奨しております。1974年にはFAO世界食料農業機関はフッ素は必須栄養素であることを確認しました。

日本のフッ化物応用の歴史と現状

5.斑状歯の疫学調査

我が国においても、主に九州は鹿児島桜島、熊本阿蘇地方などで1930年代にフッ素症の存在が報告されています。フッ素症は温泉地や火山地帯に多いこと、その地域では虫歯が少ないことも報告されました。(その他、平均身長が低いことや、歯牙の萌出遅延などの報告がある。)
 
その他、宝塚市や西宮市などの地区などでも見られました。原因として、飲料水中に含まれる過量のフッ化物であることが特定され、その後の調査ではこの地域の背後にある六甲山系の土壌にフッ化物が多く含まれていることがわかりました。この地域での過去の井戸水調査ではフッ化物濃度が2.7ppmもあったとの報告も見られます。当然のことながら歯のフッ素症も認められ、宝塚市では市が管理する水道水利用によるフッ素症に対しては、その歯科治療費を保障するという救済処置を行いました。以後、水道水中のフッ化物が除去されて0.40.55ppm以下となり、歯のフッ素症が発現しているとの報告は見られなくなっています。現在は、地元では六甲山系の水は使用してないと聞いておりますが、もともと六甲山系の水はとてもおいしいとの評判で、地元の住民の方々にとっては非常にもったいない話ですね。(過量のフッ素さえなかったら、、、、、)このうまい水は多くは神戸港に入る外国船の一時給水に利用されていると聞いています。

6.水道水へのフッ化物添加

日本国内でも過去に水道水フッ化物添加の実績があるのです。わが国最初の実施地域は、京都市の山科地区です。1952年から13年間、0.6ppmの濃度で水道水フッ化物の添加が行われております。旧厚生省や旧文部省からの補助金によって試験的に行われたもので、歯はもちろん全身の疫学調査、さらには水道工学関係等の調査までが詳しく行われています。しかし、若干計画したフッ化物濃度が低かったようで、約40%(ホントかな?)の永久歯齲蝕予防効果が報告されています。また、歯表面の白濁斑については対照地区との間で差がなかったことも同時に報告されています。その他、歯科医師会の積極的な働きによって、1967年に三重県朝日町で実施(フッ化物添加濃度0.6ppm)されましたが、残念ながら浄水場拡張等の理由で約3年半で中断となりました。
 また、米軍統治下の沖縄本島では、1957年から返還される1972年まで本島各地で実施されており、良好な成績が残されています。しかし、地元ではもっぱらフッ化物を添加れない水の方がずっとうまかったそうです。現在でも、米軍基地内でフッ化物添加を実施しています。子供連れの家族専用住宅がたくさん併設されていることからアメリカ国内と同じ上水道処理の基準に従って実施されているようです。
  わが国でもアメリカと同様にフッ化物添加を実施してきた地区で様々な疫学調査が行われており、最も適したフッ化物濃度が提案されてきました。2000年には、厚生省、日本歯科医師会から、地方自治体の合意があれば水道水フッ化物添加を支援するという見解が出されました。

7.日本におけるフッ化物局所応用の現状

 厚生労働省や文部科学省、日本歯科医師会、日本口腔衛生学会などの政府機関や学術専門団体は、多くの各種フッ化物局所応用の実施要領、要項、推奨文、見解などを発表しています。
 集団でのフッ化物応用の実施状況は、県行政がサポートする形から個人の歯科医師による指導実施まで様々で、現在40道府県で約30万人の子供達に実施中です。我が国にでは、紆余曲折いろいろ反対意見、推進、慎重意見がかわされてきました。1930年代(その前はヨーロッパ各地)にはアメリカ各地の精錬工場で多くの人々や家畜がフッ化物(HF)による公害で悩み、大きな社会問題となりました。それを隠し、正当化すためにフッ化物の歯科への応用を強引に行っなてきた経緯があります。しかし結果的には至適フッ化物濃度には虫歯予防効果があり、人類はフッ化物による恩恵を受けたのです。現在では各種フッ化物により虫歯は全世界的に減少しました。
 フッ素は虫歯を減少させるために大きく貢献してきたと言えます。今後もフッ化物による虫歯予防が継続されることを望みます。もちろん、これに変わる新しいより安全な虫歯予防方法が見つかれば幸いです。第一候補としては3DS虫歯菌除菌治療が有望と思われます